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文化のみち二葉館-旧川上貞奴邸(白壁周辺レトロ建築探訪-その1)

2005年09月30日
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川上貞奴名古屋城から徳川園にかけてのエリア(名古屋市は「文化のみち」と名付けている)は、江戸時代には武家屋敷が連なっていた。また明治から昭和初期にかけては、近代産業の担い手である企業家の屋敷町となっていた。特にこのエリアの中央に当たる東区の白壁と呼ばれる地区には、今も比較的多数の歴史的建造物が残っており、かつての屋敷町の名残をとどめていて、名古屋市の町並み保存地区に指定されている。名古屋の高級住宅地でも、八事は戦後発展した言ってみれば「新興成金」のお屋敷街であるのに対し、白壁は江戸時代からの由緒ある「本当の(とこの辺に住む人達は思ってるらしい)」お屋敷街だそうだ。

さて、日本の女優第一号である川上貞奴のこの屋敷は、元々はもっと北の東二葉町に建っていたのだが(よって「二葉御殿」と呼ばれた)、平成12年2月に現在の橦木町への移築復元工事が始まり、平成17年2月、「文化のみち二葉館(名古屋市旧川上貞奴邸)」としてよみがえり、国の文化財に登録された。
川上貞奴(1871~1946、本名 小山貞)は東京生まれで、花柳界で育ち売れっこ芸者となった。才気煥発でエキゾチックな美貌を持った貞奴は、伊藤博文や西園寺公望などの有力者に贔屓にされた。
明治27年(1894)、「オッペケペー節」で一世を風靡した俳優の川上音次郎と結婚。川上一座は海外興行に熱心で、アメリカ・サンフランシスコでの公演で女優「貞奴」として初めて舞台に立ち、アメリカ各地で評判を得た。日本人の女優の第一号の誕生である。またパリ万博などヨーロッパ各国でも公演し、「マダム貞奴」の通称で一躍有名に。貞奴の演技は好評を博し、フランス政府から勲章を授与されたり、ピカソが彼女を描いたデッサンを残していたりする。
音次郎の死後、7回忌を経て貞奴は女優を引退し、名古屋大曽根の「川上絹布(株)」の女社長となって辣腕を振るう。そして初恋の人、福沢桃介と再会。桃介は福沢諭吉の娘婿で、慶応義塾在学中に貞奴を野犬の群から助けるということがあったが、その後二人は別々に結婚。彼は木曽川水系に多くのダムを建設し「電力王」と呼ばれる。貞奴との再会後は恋人として、また事業パートナーとして共に生活する。二葉御殿はサロンとして重要な役目を果たし、貞奴の協力のもとに政財界の要人を接客して事業を拡大していった。

二葉御殿は大正9年(1920)に建てられた。敷地は2千坪を越え、モダンで豪華な様に客達は感嘆の声をあげた。電力王らしく、当時としては最先端の電気設備を備えた屋敷だった。

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↑1階の大広間。

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↑大広間のステンドグラス。

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↑同じく大広間のステンドグラス。

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↑優雅な曲線を描く螺旋階段。大広間から2階に続く。

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↑2階階段付近。この屋敷にはこのデザインの灯りが各所にある。ちょっとアールヌーヴォーっぽいデザイン。

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↑2階書斎。マッキントッシュみたいなデザインだ。

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↑2階のステンドグラス。この屋敷のステンドグラスはどれもどこか日本的な雰囲気のデザインだ。

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↑洋室だけではなく、和室もいくつかある。

完全な「移築」ではなく「復元」なので、ステンドグラスなどは当時そのままのものではないようだ。なので色彩はちょっと鮮やかすぎる感じもあるが、出来る限り当時のままのデザインと材料を再現したそうだ。
和洋折衷の建築様式は独特の趣ある雰囲気を備え、貞奴の趣味の良さが窺える。優雅なかの時代にタイムスリップ出来る建築だ。見応えがあるのでおすすめ。

■文化のみち二葉館 名古屋市旧川上貞奴邸
名古屋市東区橦木町三丁目23番地 Map
Tel. 052-936-3836
開館時間:10:00-17:00
休館日:月曜、年末年始
入館料:大人200円 小人100円
地下鉄桜通線 高岳駅2番出口より徒歩10分
http://www.futabakan.city.nagoya.jp/

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名古屋市市政資料館(白壁周辺レトロ建築探訪-その3)
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Comment
あれれ
Chounanさん:
あれっ、名古屋には出張でいらっしゃったんじゃなくて、引っ越していらっしゃったんですか?
私は名古屋に引っ越してきてもう1年8ヶ月になりますが、確かに文化的な面では東京にいた頃の方が遥かに満足感がありました。
私がこっちに来て以来、セントレアが開港して、万博が始まって、イタリア村とか土岐のアウトレットとか、他にも栄にいろいろお店がオープンしたりと、物質面ではかなり充実してきてます。栄の大津通には海外のハイブランドの路面店がガンガン進出してるし、東京まで行かなきゃ買えない、っていうものはそれほどなくなってきてるでしょう。

でもね~、やっぱり文化的なもの(レコード屋も含む)は東京には全然太刀打ち出来ないのがなんとも歯痒いです。以前は月一以上のペースでライブ行ってたのに、今年はまだ3回くらい。行きたいと思えるのが圧倒的に少ない。
美術展も好みのには極力行ってるんだけど、東京でやってたようなものに比べるとどうにも腹8分目くらいの満足感。選択肢も少ないし。この間母が遊びに来たんですが、「ベルギー象徴派の展覧会に行った」とか言ってたので、やっぱり名古屋じゃそんなの絶対見られそうもないし、羨ましかったです。六本木ヒルズ近辺にサントリー美術館etc.が出来るらしいし。
映画館のミニシアター系は結構頑張ってると思うけど。

なんていうか、名古屋はとりあえず「東京で売っているもの」「東京で評判のグルメ」を持って来さえすれば、「名古屋は都会」と思ってる節があるような感じがします。でも本当の都会の面白さは文化発信してるかどうかにあるんだし、この辺がどうにも手薄という印象です。
名古屋は日本の大都市の中でも地元から出たことがない人が占める割合が多いし、東京や大阪に比べて他地域からの流入者が少ない、ってこともあるんだと思います。ハングリー精神が少ないのかな。人口的な規模も東京の4分の1だし。
文化発信するような人は、東京や大阪に脱出しちゃってるのかな~。地元に残ってる人はそこそこ便利な地元に満足してて、「名古屋は暮らしやすくて日本一元気な街で最高」と思ってる感じ。確かに(小市民的に生きるならば)暮らしやすい街ではありますが。

かといって、(文化的に強烈な個性のある)大阪に住めるか、というとこれはかなりきついです。アクが強すぎて、私はきっと疲れ果てちゃいそう。それなりのバンドが来日ツアーをするのはせいぜい東名阪だし、そうするとやっぱ東京以外だったら名古屋だよなぁ。福岡や仙台や札幌は無理。
うちのダンナが今の会社で働いている以上、ずっと名古屋に永住だろうし、何とかしてもっと文化的に満足出来る街になってほしいというのが、私の切実な願いです。あ、なんかグチ吐きみたいになって長くなっちゃった(笑)。
そうですねぇ~ 名古屋に住み始めて3ヶ月が過ぎましたが、早くも飽きたかもしれないです。

「面白みのない街」ってのは、僕にとっては「(アンダーグランド含めた)文化の匂いが薄い街」ってことなのかな?とかね。

なんとなく「こんな街にしたい」って思いが随所に見られる気がするんだけど、それらがみんなちょっと「さもしい」気がするんですよ。

なんか悪口ばかりになっちゃってるのはいかんと思いながらも、ちょっと欲求不満気味なのはいかんともしがたいです。あー吉祥寺が懐かしい~
そうなんですか~
川上貞奴の名前は、名古屋に来る前は何となく聞いたことがあったかな?っていうくらいでしたが、私が引っ越してきてわりとすぐにこの貞奴邸が公開されたので、それで初めてしっかりと意識した感じです。
彼女は洋装が似合いそうな、現代的な美人ですね。そんでもって女優として才能があって、なおかつビジネス的手腕もあって、ドラマチックなロマンスもあるっていう、明治・大正期のスーパーレディですね。

しかし、この白壁地区や以前行ってみた四間道界隈なんかでもすごく感じたんですが、名古屋って所はこういう観光資源に打ってつけな所を全然そういう風に盛り上げてないですね。どちらも実際に人が住んでる住宅地ってこともあるんだろうけど、小さな表示が出てるくらいですごく素っ気ない。「観光ルート」っていう雰囲気は皆無。これが京都や金沢みたいな観光で生きてる街だったら大々的に全国にアピールするだろうに。貞奴だって「名古屋名物」くらいの勢いで売り込んだっていいのに。
名古屋は「もの作り都市」としての位置に満足してきたから、観光にはあまり重きを置いてきてなかったようだけど、だから「面白味のない街」とか言われるんだよな~。万博でやっと少し目覚めたようだけど。
川上貞奴は、日本人で始めて「レコーディング」をした人じゃなかったかな?蝋巻式のレコードが現存しているらしいです。CD化もされているはずです。日本のポピュラー音楽・商業音楽の開祖ですね。名古屋に縁のある方とは知りませんでした。

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