スポンサーサイト

--年--月--日
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

名古屋ローカルCMでヨッチャン発見!

2006年01月27日
テレビをボーっと見ていたら、巨漢ギタリストがいきなり画面に!ヨ、ヨッチャンだっ!「楽器ランドロッキン」というダサすぎる名前の楽器屋のCMであった。名古屋、岡崎、刈谷に店舗があるらしい。当然CMは東海3県でしか見られない(ロッキンのサイトで見られます)。
ヨッチャン、こんな所で小銭を稼いでいたのか(笑)。

そういえば、月曜の笑っていいとものテレフォンショッキングのゲストはヨッチャンだったが、定期検診で病院に行っていたので見られなかった。紹介したお友達はマーティーかなっ?!とワクワクしながら翌日いいともを見ると、TMネットワークの宇都宮隆であった。がっくし。ヨッチャンは宇都宮隆のソロに参加してるらしい。なんだよ、自分の宣伝に走ったな。
「ヨッチャン→マーティー→ローリーさん→鮎貝健→熊田曜子」っていうヘビメタさんな流れを期待してたんだけどな(笑)。でも鮎貝健が出ても一般的には誰だか分かんないだろうな。昔MTVを見てた人とかじゃないと。

ところで、12月頃の歌番組に浜崎あゆみが出ても、ギターがヨッチャンじゃなくて違う人だったので「もしかしてデブすぎてクビッ?!」と心配してたのだが、しばらくすると戻ってたので一安心。なんか自分のバンド(Rider Chipsというらしい)で全国ツアーに出ていたらしいので、そのせいかな?
歌番組にあゆが出ると、あゆなんかよりもあゆバンドを見るのが楽しみなので(「ヨッチャ~ン!エンリケ~!」と声を掛けるのがなんか習慣になってしまった ^^;)、たまにバックがストリングスだったりするとがっかりなのであった。

しかしヨッチャン、なんであんなに巨漢になっちゃったのかな。大昔はEddie Van Halenに似てるとロックファンの間では評判だったのに、今はもうすっかり面影もなし(^^; ヨッチャンは「日本のギタリストは痩せすぎてる!」と言ってたとタモリが言ってたが、別に太ったからってデカい音が出る訳でもないよな。
ちなみに、私の中では日本3大ギタリストはヨッチャン、いっくん(ELT)、高見沢(アルフィー)である(笑)。チャーとか高崎晃なんかダメだ!笑いが取れなければ!次点で京本政樹だっ!ってか、クリスマスの番組でヨッチャンがチャーの弟子だったって事を初めて知った。3へぇくらい(笑)。

まぁでも何だかんだ言ってもヨッチャンはいい感じの位置にいるし、よかったんではないか。田原俊彦よりは数段ましである。近藤真彦はジャニーズ年金で悠々自適らしいから別格だが。人生いろいろ。
スポンサーサイト

「シリーズ アメリカ近代写真のパイオニア アンセル・アダムス」展@名古屋ボストン美術館

2006年01月26日
「ハコヤナギ」金山の名古屋ボストン美術館でやっている「シリーズ アメリカ近代写真のパイオニア」の、第1弾のアンセル・アダムス展を見に行った。第2弾はアルフレッド・スティーグリッツ、第3弾は私の最も好きな写真家の一人、エドワード・ウェストンだ。
名古屋ボストン美術館はボストン美術館との提携美術館で、自身のコレクションは持たず、ボストン美術館のコレクションを取っ替え引っ替え展示している所である。今回のシリーズ展もボストン美術館所蔵の写真だが、こういう展覧会を待っていた。この辺の写真家の作品をまとめて見られる機会って日本ではあんまりないような気がするし、比較的人気のあるアダムスはともかくウェストンの展覧会というのは待ちに待っていた。
19世紀末はフィルムに手を加えたソフトフォーカスの絵画風写真が全盛だったが、スティーグリッツは現実をそのまま記録した、フィルムに手を加えないで現像する「ストレート写真」を提唱した。彼に続くウェストン、アダムスはそれを継承し、アメリカ近代写真のパイオニアとなった。私は彼らの斬新な構図と、シャープで鮮明な作風、美しい白黒の階調の作品が大好きだ。

「モノリス」さて、アンセル・アダムス(1902~1984)は、アメリカで最も愛されている写真家の一人で、ヨセミテの雄大な自然の写真で有名である。彼も当初は絵画風の作風だったが、スティーグリッツの「ストレート写真」との出会いをきっかけに、シャープで精緻な作風に変化していく。
彼の作品は自然を撮ったものがやはり一番魅力的で、荘厳さ、自然への畏怖、というものを生き生きと映し出している。特に切り立った崖とか、上へ上へ伸びる大木といった垂直方向のもののダイナミックさは素晴らしい。あと樹皮の表面や雲などの陰影も非常に美しく捕らえている。彼自身の自然に対する驚きと感動が素直に伝わってくる。

アダムスといえばヨセミテ、という認識だったが、他にもネイティブ・アメリカン(プエブロ・インディアン)の魅力にはまっていた頃の作品とか、ウェストンと共に大型カメラを用いた鮮明な写真を信念とする写真家集団「f64」を結成した頃の植物のクローズアップ写真などは初めて目にした。また、後期になると抽象絵画のような作風に変化していったが、こういうのも初めて見た。

アダムスの足跡を丁寧に追った分かりやすい展示で、かなりたくさんの写真が見られて満足満足♪やっぱこういう鋭いフォーカスの写真っていいな。
今回のアダムス展は4/2までで、第2弾のスティーグリッツ展は4/8から6/7、第3弾のウェストン展は6/17から8/27まで。とりあえず今回のアダムス展は出産前の最後の展覧会になりそう。スティーグリッツとウェストン展は、ダンナさんにちょっと赤ちゃん預けて見に行ってこよう。

■Ansel Adams Offisial Site
http://www.anseladams.com/

■名古屋ボストン美術館
名古屋市中区金山町1-1-1 Map
Tel. 052-684-0101
地下鉄名城線・JR・名鉄 金山総合駅南口より徒歩1分
http://www.nagoya-boston.or.jp/

赤ちゃんがしゃっくり

2006年01月23日
今日は定期検診で病院に行った。現在35週でもういよいよ大詰めだ。
32週を過ぎると、定期検診のメニューに「NST(ノン・ストレス・テスト)」というのが加わるのだが(他には検尿と超音波検査と診察)、これはおなかに聴診器みたいなのをくっつけて、赤ちゃんの心電図を取るというような感じの検査である。結構長い間やってて、30分くらいになることもある。胎動を感じたら渡されたボタンを押す。

で、今日の検査中、規則的におなかがピクン、ピクンとなる胎動を感じた。家にいる時にも結構こういう状態になることが頻繁にあって、まるで鼓動みたいな感じでピクンピクンするので一体何なんだろうと思っていた。赤ちゃんの鼓動がおなかの表面が動くくらいに響く訳ないしなぁ。
かなり長い間ピクンピクンしていたら、看護婦さんが来て
「あら、しゃっくりしてるわ!」
と言った。ひえ~、これってしゃっくりだったのか。赤ちゃんもおなかの中でしゃっくりするのか。ヒックヒックやってる姿を想像するとなんだかかわいい♪

私の予定日は来月末なのだが、直前まで仕事をやってるのでそのスケジュールも立てやすいので、予定帝王切開にすることにした。帝王切開は陣痛が来る前にやっちゃうので、予定日よりも10日ほど早まっちゃった。

そもそもこの子はこれまでに3回も逆子になったり治ったりを繰り返していたのだが、逆子が治らなければ帝王切開である。んで、2回目に逆子になった時、先生に「あんたはちょっと高齢出産に足突っ込んでるから、帝王切開で産んだ方がいいとも言えるし、そうするんだったら逆子治さなくてもいいよ」と言われていた。でも高齢と言うには若いので、ビミョーな年齢だそうだ。これが40越えてたら確実に帝王切開を薦めるそうなのだが、ビミョーな私は好きな方を選ぶように言われた。とりあえず逆子を治してみて、治らなかったら帝王切開で行こうということにした。

逆子を治すには「逆子体操」という、四つんばい状態から腕と脚を床にペタッと着け、お尻だけクイッと上げる変なポーズをする。この状態で10分間静止なのはかなり辛い。あと足にお灸をする。病院には「マイクロウェーブ」という電子お灸みたいな装置があるのだが、週4日通わなきゃいけないと言われ、そんなに暇じゃないのでせんねん灸を買って家でやってみた。お灸をすると、羊水が対流して赤ちゃんの向きが変わるらしい。で、この努力の結果、年末には治っていた。

が、年が明けて病院に行ったらまた逆子になっていたのであった。全くこの子は~!頭が軽いから上に向いちゃうのか(^^;
また逆子体操やお灸なんてめんどくせーよ~!仕事のこともあるし、もう帝王切開でやっちゃうか。いつ陣痛が来るかとビクビクしながら仕事してるのも嫌だし。
それに普通の経膣分娩だと、「会陰切開」といって赤ちゃんが出てくる時に出やすいように会陰を切ることがある。つまり、要するにお股をジョキジョキ切るんである。しかも麻酔なし!これを知った時は相当ビビッた。股裂きよ股裂きっ!股裂きと腹切りのどっちがいいかと考えたら、私の答えは腹切りであった。まぁ帝王切開もおなかを切る訳だからそれなりにダメージはあるんだけど、私はどうしても股裂きが耐えられなかったのであった。

そうこうしてるうちに結局また逆子は治っちゃったのだが、もうめんどくさいから帝王切開決定!手術日も決定した。出産日がかなり早まったので、もう待ったなしだ。
あと1ヶ月もしないうちにいよいよ赤ちゃんとご対面だ。早く会いたいが、今更ながら自分が一つの人格を産み出すということに不思議さを感じる。

もう相当おなかが重くなってきてるが、ラストスパートがんばろ~!

「空耳アワード」後編

2006年01月20日
こちらの記事でも書いた通り、「タモリ倶楽部」の空耳アワード後編を見た。空耳大賞がプレスリーの「お酢をください」だったのは結構意外であった。「無理に弁当乗ってシェーする」の方が個人的には好き。
全体的な内容はやっぱロック系が多かった先週の方が面白かったな。先週Methods of Mayhemのネタが出た時、マーティーが「Tommy LeeはMotley Crueだからバリバリの白人なのに、黒人っぽい発音で歌ってるんだ」みたいなことを言ってたけど、こういう小ネタが今回あんまりなし。ヒップホップ系とかが多かったからか。ちなみに、今週のマーティーの覚えた日本語は「包茎」(笑)。

ところで、マーティーについて非常に詳しく記事をアップしている「帰納法障碍」というブログを発見!(トラックバックさせていただきました)「マーティー&ヘビメタさん」というカテゴリーもあるぞっ!マーティーが東スポに連載してたコラムなんかも読めるので、愛すべきマーティーのファンの皆さんは要チェキです。東スポのコラムを読むと、マーティーのJ-POPへの傾倒ぶりがすごくよく分かる。つんくの作る曲ってプロの外人からみるとそんなにすごいのか。むぅ。

そういえば、月曜の「笑っていいとも」のテレフォンショッキングのゲストはヨッチャンだ!ヨッチャンからマーティーに行かないかな。んで、マーティーからローリーさんに行ったらとってもうれしい♪
あ、そうそう、近藤真彦が出た時にマーティーが花を贈ったのは、近藤真彦トリビュートアルバムにマーティーが参加してるかららしい。マーティーとローリーさんと鮎貝健で「愚か者」をやってるらしい(参考記事@bounce.com)。もろヘビメタさん人脈~♪

タコウインナーのキーホルダー

2006年01月19日
060119_1.jpgGlobe Mart(記事はこちら)で見付けて、気に入って買っちゃったこのキーホルダー。タコウインナーの形なのがキュートでヒット!素材は鉄なので、意外とずっしりしてて存在感あり。
ちょうどダンナさんがキーホルダーをなくしたばっかりなので(前に使ってたのはモトリー・クルーのライブ会場の外で売ってた海賊版キーホルダー 笑)、珍しくお揃で買ってみた。私のは赤い方。
元々付いてるのは赤い方に付いてるボールチェーンなんだけど、ウインナーがかなり重いのでこれだとちょっと頼りなげ。シルバーの方はまたなくすといけないので、しっかりした金具に付け替えてました。私も付け替えようかな。

これ、Globe Martのサイトじゃ買えないので、どっかネットで売ってないかと探したんだけど見付からず。
ってか、シルバーの方は赤いのと並べないとタコウインナーって事はちょっと分かんないような(笑)。

TONサイト更新!

2006年01月15日
久々のPrelude to Agony - Type O Negative Websiteの更新であります!ニュースページを3件アップデートしました。
Peterの出演する映画のことと、もうすぐリリースされるDVDのこと、それから既にリリース済みのRoadrunner25周年アルバムのことであります。

もう当分更新できなくなるので、今のうちにやってしまいました。
DVDは国内盤は出るんでしょうかねぇ。私はマルチリージョンのプレイヤー持ってるから無問題♪

「タモリ倶楽部」にマーティーが出てた!

2006年01月14日
昨日の「タモリ倶楽部」は空耳アワードだったのだが、ゲストにとうとう元メガデスのマーティー・フリードマンがっ!!!マーティーを見るのは「ヘビメタさん」以来だが、やっぱ面白~い♪(「ヘビメタさん」についてはこちらこちらの記事参照)
この前「笑っていいとも」のテレフォンショッキングに近藤真彦が出てた時、マーティーから花が贈られていた。タモリは「元メガデスなのに日本に住んでて日本語ペラペラなんだよね」みたいなことを言ってて、かなり興味ありありな感じだった。確かにマーティーはタモリアンテナにビンビン来そうなタイプだ。ってか、知人が「いいとも」に出たら花を贈るなんていう、日本の芸能界の掟をしっかり守るマーティーって・・・(笑)。近藤真彦はやっぱヨッチャン(←ヘビメタさんで仲良しに)つながりかな。

空耳ではマーティーがゲストって事でメガデスの曲のネタもやってたが、マーティーによる「逆空耳」も披露。これは日本語の曲の歌詞が英語に聞こえるというマーティーのネタで、彼が大ファンだという浜崎あゆみの曲を2曲。マーティー、あゆが好きだったのか。さてはヨッチャンの座を狙ってるな(笑)。あゆは「外人」って事に弱そうだから、ヨッチャンは太ってる間にマーティーに今の座を奪われるぞっ!

ってか、マーティーはほんとに日本の女子歌手が好きだな。ずっと相川七瀬のバンドでギター弾いてたらしいし(相川七瀬ってとこが微妙)、この前の紅白に鈴木亜美のバックで出ちゃったらしい。マーティー、それでいいのか(笑)。
復活したメガデスに対して、メンバーがデイヴ・ムステイン以外全然関係ない人ばっかだったんでファンが文句を言うと、それにキレたデイヴが「マーティーは今頃日本でキモノ着て、日本のガールポップのバックでギター弾いてるよ」とか吐き捨てたらしいが、まぁキモノじゃないにしても真実ではある。関係ないけど、デイヴはメガデスのオフィシャルBBSでマジギレしてBBS閉鎖になったとか。人格に問題あり(笑)。

その点、マーティーはソフトな感じで性格良さそうだし、「元メガデスなのにこんなに日本通」って事でヘビメタさんでもタモリ倶楽部でもすごく大事にされてる雰囲気。ヘビメタさんでたくさん日本の音楽界に知り合いが出来たみたいで、日本での生活もどんどん楽しくなってるみたいだが、タモリ倶楽部に出たらさらに面白い知り合いが増えそうだから、もう日本ドップリだな。
ってか、板尾さんみたいにちょくちょくタモリ倶楽部に出るようになったりして。「マーティーのギターでどの電車の発車音か当てよう!クイズ」とか(笑)。すっかり日本のサブカル系の人になっちゃって、そのうちテレビブロスに連載持っちゃったりして。「マーティー直筆のメタル魂を感じる四字熟語」とか毎回掲載しちゃったり。

今回のタモリ倶楽部出演で、マーティーは「放尿」と「ダミ声」という日本語を新たに覚えたそうだ。漢字よく知ってるからすごいよなぁ。
来週もマーティーが出るそうだから、要チェキだっ!テレ東からテレ朝進出で、徐々に日本のテレビ界の人気者になりつつあるぞ。この間は朝日新聞にも出てたし。「どぜう」ののれんの前で、数年前にコギャルからもらったのかと思うようなポックリみたいな厚底ブーツでキメるマーティー。ロッカーって感じで素敵♪

Marty Friedman Official Website
↑英語サイトなのに、カタカナで「マーティー・フリードマン」と検索したらヒット(笑)。
今月後半はLAに行くらしい。2月17日には相川七瀬のライブで名古屋に来るらしい!「週刊アスキー」にも何か記事が載ってるらしい!愛読書はつんくの「愛の営業方針」らしい!!

訃報相次ぐ年明け

2006年01月13日
久々に記事を書く。年明けから仕事が忙しかったり出産準備でいろいろ大変だったりで暇がなかったというのもあるが、ちょっと時間をおかないと書けないような状態でもあった。
というのは、年が明けてから、訃報が相次いでちょっときつかったのだ。

まず、こちらこちらの記事で書いた、血管肉腫と闘っていたAさんの奥さんが正月3日に亡くなったと知らされた。そもそも奥さんがそんな病気だったということを知ったのはほんの2ヶ月ほど前だったのに、こんなに急に逝ってしまうなんて。ここの所はお家で過ごしていて、病状も安定していると聞いていたので安心していたのに・・・・・。Aさん夫妻には今年小学校に上がるお嬢さんがいて、チャイルドシートなどベビーグッズを譲っていただいたのだが、奥さんにはこの事をいろいろと気に掛けていただいたり、Aさんに「生まれちゃうから早く送れ」とハッパを掛けてくださったりと(私の出産まではまだかなりあったんだけど)いうことを聞いていたので、かなり元気なんだな、とホッとしていた。それなのに・・・。

肉腫というのはガンの一種だが、ガンよりも患者数が少ないこともあって特効薬の開発もなかなか進まない。資本主義の嫌な面だ。でも、理論的には治療可能な方法があるので、「Cure Sarcoma(キュアサルコーマ)-肉腫の標的遺伝子療法を推進する会」という団体が肉腫治療のために活動している。私は奥さんのためには何も出来ないが、少しは知名度が上がるかもとこのブログにCure Sarcomaのことを書き、ささやかながら募金もした。(この前後、ちょっとガン恐怖症になった。本田美奈子も死んじゃったし)
血管肉腫についてネットでちょっと調べてみたら、5年後の生存率は10%とあった。これにはやりきれない思いだったが、とにかく5年生き延びてくれれば、その頃にはCure Sarcomaの活動も実っているかも知れない、という希望を持ってのことだった。

でも、間に合わなかった。
奥さんは、まだまだ幼いお嬢さんを残して逝ってしまうことがどんなに辛かったかと思う。私ももうすぐ母親になるから、その気持ちは痛いほどよく分かる。奥さんの死を知らされた日、布団の中でこのことを思ったら、かなり泣いてしまった。そしたら、おなかの赤ちゃんが激しく動いた。「ママが泣いてる!」と分かったのかな。
そして残されたAさんとお嬢さん。お嬢さんはお母さんがもういないことを理解しているのだろうか。まだまだ母親に甘えたい盛りなのに、本当に不憫だ。
幸せだったAさんの家庭を壊した憎い肉腫を撲滅するためにも、Cure Sarcomaのバナーは今後もこのブログに貼っておこうと思う。
そして、譲っていただいたチャイルドシートはいわば奥さんの形見の品になったので、きっと私の赤ちゃんの命を守ってくれるだろう。

さらに同じく3日に、大阪のインダストリアルバンドのEpidemic Causeのヴォーカルの島本さんも亡くなったと、メンバーの方からメールで知らされた。ああ、またもや音楽関係の人の死だ。しかも同じ日に。Epidemic Causeは2002年10月と2003年9月に高円寺20000Vで見たことがあるが、Godfleshタイプのすごくかっこいいバンドだ。大阪のバンドなので東京に来たときしか見られなかったが、ライブはめちゃめちゃヘヴィで素晴らしかった(ライブレポは以前の日記の過去ログ見てください)。メンバーの方とは直接話したことはなかったが、何度かメールのやり取りをして、coldburnのリンクにも加えさせていただいたので、今回知らせてくださったのだと思う。
詳しい事情はよく分からないが、突然だったようだ。レコーディングしている最中だったそうで、本当に残念だ。もう二度と彼らのライブは見られないのか。

島本さんは37歳、そしてAさんの奥さんはまだ33歳だったそうだ。自分と同世代の人が二人も亡くなってしまった。自分の命も限りあるものだということを実感する。

そしてさらに、上記の人達と並べて書くのは申し訳ないような気もするが、5日には実家で飼っている猫のポッキーも死んでしまったと母から聞かされた。ポッキーは前からガンだということは分かっていたので、もうそれほど長くはないということは覚悟していた。先月実家に帰ったとき(実家っていっても私がずっと住んでた家はもう売ってしまって、新しく移ったマンションなんだけど)、久し振りにポッキーに会ったが、あんなにコロコロしてたのにボロ布みたいに痩せていた。顔もまん丸だったのに、鋭角的に尖っていた。呼吸も苦しそうだった。死ぬ前に会えたことが何よりだった。
ポッキーはもうかなりの高齢なので(母は17歳って言ってるけど、よく計算したら合わないんだけど。私の計算だと14歳くらい?)、まぁ寿命だったんだと思う。でも、ずーっと長い間飼ってきたので、もういないのだと思うととても寂しい。ポッキーと同時期に飼ったルドという猫もいるのだが、彼女はまだまだ元気だ。4匹いたうちの猫が、3匹になってしまった。
今、私の携帯の待ち受けは、元気だった頃に撮ったポッキーの写真にしている。

私はいよいよ来月出産だ。逝ってしまった命と、これからこの世にやってくる命。生と死を考えた年明けだった。

初詣

2006年01月03日
今年のお正月は結婚して2回目。ほぼ去年と同じメニューでおせちも作って(黒豆とか昆布巻きは買ったけど)、去年と同じくプレステの人生ゲームを何時間も続けてやりまくる。なんかこういうのがうちのお正月のスタイルになりつつあるな(笑)。来年からは3人で過ごすお正月になるが、赤ちゃんがちょっと大きくなったら一緒に人生ゲームというのを恒例にしよう♪

さて、さすがに3日になると家でダラダラしてるのにも飽きてきたので初詣に行った。今年はやっぱり安産祈願が出来る所ということで探してみたが、熱田神宮もそうらしいけどとにかく混み方が半端じゃない。他には塩竃(しおがま)神社という所もそうらしく、うちからも結構近いのでここに行ってみた。
場所は鶴舞線の塩釜口駅が最寄り駅で、八事神社のすぐそば。車で行ったが、正解だった。ものすごい坂道を上った所にあるので、駅から歩いたら死んじゃう。通常時よりも賑わってる感じはしたが、全然楽勝。近所の人がほとんどという感じで、あっという間に参拝終わり。たこ焼きとお面の屋台が出ていたが、たこ焼きはまだしもお面なんてあんな地味な人出で売れるんだろうか。ってかたこ焼きは買っちゃった(笑)。外はカリッとしてて、中はトロッとしててかなりおいしかった。
塩竃神社は安産・虫封の神様ということで祈祷済みの腹帯なども売ってたが、これが1万円とかふざけたお値段。儲かるな~。私はお守りなども買わず、お賽銭は100円とちょっと奮発。(←十分セコい)熱田神宮は大安の日はお宮参りの赤ちゃん連れでもすごく混むらしいが、塩竃神社だったら楽々だろうからお宮参りもここにしよう。無事に生まれたご報告。

昼過ぎに家を出て、あっという間に参拝が終わってしまったので、まだ帰るには早いのでちょっとドライブ。広小路通りに出て、東山線に沿って東へ行ってみる。この路線は星ヶ丘(三越があったりする、「VERY」な奥様憧れの街)を過ぎると一気に郊外の様相を呈してくる。この辺の名東区は転勤族が多く住む所らしいので、赤ちゃんが学校に行くようになったらこっちの方がいいかなぁと思ったけど、やっぱちょっと郊外過ぎるかなぁ。いかにも新興住宅地という感じで、だだっ広くてなんか落ち着かない。今住んでる所みたいなこちょこちょ小道がある所の方が落ち着く。わりとカフェとか雑貨屋さんとかおしゃれな店も多いらしいけど、そういう所には車で行くんだろうな。

藤が丘を過ぎて、長久手、日進と名古屋市外に入る。この辺は愛知学院大学とか名古屋外国語大学とか結構大学が多いみたいだが、どれも「これって会社?」みたいなまっさらの四角い建物で、あんまり大学という感じがしない。やっぱ大学行くんだったら、自分が行った所みたいなレンガ造りの古い校舎で、緑が多くて雰囲気のあるキャンパスって大学がいいなぁ。

とにかくこの辺は何もかもが新しくて、ドーンとデッカい道路と広い空ばかり、という感じだ。こういう所では子供の連れ去り事件とかは起きないのだろうか。普段大人は車で移動する道を、子供は歩いて通学するから狙われるんだよな。そういえば、栃木の事件はまだ解決していない。昨年末に連続して小学生女児が犠牲になる事件が起きたが、やはり以前のように「人事」ではすまない気持ちだった。赤ちゃんが小学校に入ったら、帰ってくるまで心配でたまらなくなりそう。私が小学生の頃は一人でフラフラ帰ってきても全然心配なかったが、嫌な世の中になったものだ。

名古屋市内に戻ってきて、瑞穂区と熱田区の境辺りまで行ってみると、何だか異様に車が渋滞している。この辺は別に何にもないのになんで混んでんの?と思ったが、もしかして熱田神宮の渋滞?!ここから熱田神宮まではまだかなりあるぞ。でもみんなそっち方向に曲がるので、きっとそうだ。熱田神宮、恐るべし。
名古屋に来てからまだ一度も熱田神宮に行ったことないんだけど。

「リトル・ダンサー」

2006年01月01日
元日深夜、お風呂から出てテキトーにテレビを付けたら、T.Rexが流れてきた。テレビ欄を確認すると、「リトル・ダンサー」(2000年/イギリス/スティーヴン・ダルドリー監督)という映画。他にも何曲かT.Rexを使っていたのでそのまま最後まで見てみた。

舞台はイングランド北部の炭坑町、ダーラム。11歳のビリー(ジェイミー・ベル)は炭坑で働く父と兄、祖母と一緒に暮らしていた。母親が亡くなって以来、家庭は何となくギスギスしている。父親はビリーをボクシング教室に通わせるが、同じ施設に移ってきたウィルキンソン夫人(ジュリー・ウォルターズ)のバレエ教室を偶然目にしてバレエに強く惹かれ、こっそり女の子達に混じってレッスンを受け始める。ビリーはバレエに夢中になり、ウイルキンソン夫人はビリーの才能を見抜き熱心に指導、ロイヤルバレエのオーディションを受けることを薦める。しかし、ビリーがボクシング教室の費用をバレエ教室に使っていたことを知った父は激怒。
その頃、父と兄が働く炭坑では労働争議が激しくなり、労働者達はストライキをしていた。ストが長引き重苦しいクリスマスの夜、親友マイケルの前で踊るビリーの姿を初めて見た父親は、ビリーの才能に気付き、ロイヤルバレエの学費を捻出するためスト破りを決意する。オーディションに合格したビリーはロイヤルバレエ学校に入学するためにロンドンに旅立つ。

イギリス映画らしく、ハリウッドのような派手な感動を誘う演出ではなく抑えめ。北イングランドの鉛色の空が重苦しいが、この映画の一番の魅力は自然な演技を見せるビリーだろう。彼が踊る喜びを全身で表現しているときにはT.Rexが使われていた(労働争議のシーンではClashの"London Calling"が使われていた。まぁベタって言えばベタだけど、確かにこの曲はそういう感じだ)。
途中から見たのでビリーがバレエに惹かれたシーンなんかは見逃してしまって、細かい評価は出来ないのだが、まぁストーリー展開はわりと普通。「炭坑夫=お先真っ暗→息子のバレエの才能に夢を託す」という構図もステレオタイプと言えばそうだし。「バレエなんかオカマのやるものだ」と激怒していた父親が、コロッと態度を変える所ももう少し描き込んでほしいような。まぁそれだけビリーのダンスが素晴らしかったって事か。でも、この場にはチュチュを着た親友マイケル(彼は同性愛者だとビリーに告白)がいたのに、オカマ嫌いなのにノープロブレムなのか。ビリーのオーディションに付き添い、合格発表までのドキドキ不安な父親の様子は良い。

10数年後、成人したビリーの晴れ舞台を父と兄が見に行くシーンがラストにあるのだが、この成人したビリーをやっているのが英国を代表するバレエダンサーのアダム・クーパー。でもほとんどダンスのシーンがなくて一瞬で終わってしまうのが残念。クーパーのダンスがもっと見たかった。

話は変わるが、私が3歳くらいの時、母に連れられてボリショイバレエの「白鳥の湖」を見に行ったことがある。母は「子供には良いものを見せなければ」という考えで、かなり高いチケットをチビの私のために買ったのだが、幼すぎた私は案の定途中でぐずり始め、「バレエに感銘を受ける」所ではなかったらしい。ぐずり防止にあてがわれたカップケーキを食べながら、「4羽の白鳥」のシーンを見ていたことは何となく覚えている。なので私の中では「ボリショイバレエ=カップケーキ」という構図が出来てしまった(笑)。
あんまり小さすぎる頃にこういうものを見せても無駄だということであった。やっぱせめて小学生にはなってないと無理なんじゃないかなぁ。
それ以来生でバレエを見たことはないけど、NHK教育なんかで放送されるバレエは結構好きだ。もうちょっと大きくなってから連れて行ってもらってたら、私の人生も変わっていたかも知れないなぁ。
 | HOME | 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。