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名古屋港水族館

2004年10月24日
名古屋に引っ越してきてからまだ名古屋港に行ったことがなかったので、今日はここにドライブに行った。名古屋港は名古屋港水族館がメインスポットで、他に小さな遊園地やショップとフードコートが入った施設などがある、東海の王道デートスポットであ~る。

まずは、「シートレインランド」という遊園地にあった、「ふれあいわんこハウス」という建物に入る。要するに犬にさわれる小屋である。こっちに来てからペットが飼えないので、動物とのふれ合いにちょっと飢えている私。ここの犬たちは触られ続けても文句一つ言わず非常に大人しい。こういう犬ってペットショップで売れ残った犬とかなのかな。

シャチそして水族館へ。水族館に行ったのなんていつ以来だろうか。入場料が2千円もするのに驚く。たっけーよ!ここに来た中学生カップルのデートは大変じゃん。
入るといきなりイルカとシャチの水槽が。最初にこのスターで心をつかむ作戦らしい。イルカももちろんかわいいけど、シャチってなんかいいな。このはっきりしたカラーリングに妙に心引かれる。イルカよりも愛嬌がなく、クールな感じなのが大人向け(笑)。外のプールではイルカショーをやってた。

小さめの水槽で、クラゲの魅力を再発見した。半透明でゆらゆら綺麗。部屋で飼ってると飽きなさそう。他の客はもっと派手な所に群がっていたが、私はクラゲに張り付いていた。

あと「ニモ」のクマノミとかもいたが、最後はやっぱりペンギンちゃんで締め。ペンギンは実家で飼ってたポッキーという猫を思わせるので、懐かしさがこみ上げる。あのよちよち歩きはやっぱかわいいなぁ。で、再び黒白のカラーリングに惹かれる。ミュージアムショップで小さい陶器のペンちゃん4つ買っちゃった。
アザラシかなんかがお産直後なので、ラッコとかのエリアは非公開だったのが残念。ラッコ好きなのに。

全部見たら結構時間かかって満足。これだけ大きな施設を維持するのは大変だし、えさ代もすごいし2千円は仕方ないと思えた。それに比べると、ただフィルム流すだけの映画が1800円というのは納得いかんぞ!

名古屋港水族館

↑結構気合い入った建築デザイン

■名古屋港水族館
名古屋市港区港町1-3 Map
Tel.052-654-7080
地下鉄名城線 名古屋港駅から徒歩5分
http://www.nagoyaaqua.jp/
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ロックにおける男女雇用機会均等

2004年10月11日
今日は休日なので、ダンナさんがZELDAのビデオを見ていた。ををっ、ZELDAなんて懐かし~!(一応説明:ZELDAとは80年代に人気のあったガールズバンドである)

80年代のロック少女ってこんな感じだったよな~。私もこんなような格好をしてたしてた。あの頃はロック好きの子のファッションと、普通のストリートファッションは明らかに違ってたけど、今は境目が曖昧になってるよな。今は帽子はカジュアルファッションのポイントになってるけど、あの頃はそんなに被る人は多くなかった。被ってるのは大概ちょっとアッチの人(笑)。

私も帽子が好きで、かわいいのは丸井、ロックっぽいのは原宿とかで買ってた。前にも書いたけど、今はあのアンディ・マッコイが被ってたようなフェルトのつば広帽子を被ってる人は絶滅した。80年代はこれがロックファンの目印だったのだ。ロック好きの子はこの帽子にラバーソールの靴、黒いタイツorスパッツ、赤いタータンのミニスカート、ブリキの小さいトランク、って感じが多かった。私はメタル少女だったので、もう少しハードにアニマル柄のミニスカート+バックルの多いブーツだった(笑)。

うちのダンナさんは大抵のギャルバンのアルバムは持ってたりするので、「もしかしてプリプリとかSHOW-YAとか持ってんじゃない?!」とCDラックを漁ったら、ほんとにSHOW-YAが出てきたのにはびっくりした(笑)。
ってか、メンバー写真のジャケがきつすぎる・・・(汗)。 SHOW-YAはメタル入ってるから、私はこっち系か(^^; ってか、ZELDAにしろSHOW-YAにしろ、みんな頭がデッカいな。今はバンドやっててももっとナチュラルな髪型だよな。

そういえば最近ってあんまりギャルバンっていないような気がする。男女混成バンドは多いけど。80年代はまだまだ男子バンド優勢だったので、「女の子だってロック出来るのよ!」という感じだった。多分ZELDAやSHOW-YAは人一倍そういう気持ちが強かったんじゃないかな。
でも、90年代に入って女の子がロックすることは普通になった。スマパンのダーシーやWhite Zombieのショーンみたいなかっこいい女性ベーシストも増えたし。そして21世紀になってナチュラルに男女混成バンドに。
ギャルバンがあまりいなくなったのは、きっとロック界での男女差が少なくなったからなのだ。これは喜ばしいことなのではないか?

80年代はギャルバンもロックファッションも肩肘張ってた時代だったのだ。

「ファスト風土化する日本」

2004年10月07日
度々書いているように、私は郊外のロードサイドの風景が大嫌いである。ほとんど憎んでいると言ってもいい。ファミレス、ディスカウント店、家電や紳士服量販店、パチンコ屋、日本中どこに行っても同じ味気ない無個性の風景。
この風景を、みんな醜いとは思わないのか。日本中こんな風景になって、どこかおかしいと思わないのか。こんな所で暮らしていたら、何かが歪むとは思わないのか。

しかしこう思っていたのはやはり私だけではなかった。今日、「ファスト風土化する日本 - 郊外化とその病理」(三浦展 著・洋泉社新書y)という本を読み終わった。この本は、私がずっと肌で感じていたことをデータ的に証明し、論理的に整理してくれたのだ。先日新聞の書評でこの本が紹介されていて、まさに興味のあるテーマだったのですぐに買って読んだ。

著者の三浦氏は新潟県上越市出身で一橋大学卒、パルコの情報誌「アクロス」編集長、三菱総合研究所主任研究員を経て、消費・都市・文化研究シンクタンク「カルチャースタディーズ」を設立という経歴の、消費関連の専門家である。一橋大学に通っていて現在は吉祥寺に住んでいるということは、私がずっと馴染んできた中央線沿線のあの雰囲気が好きな人なのだろう。著者の故郷では著しい郊外化が進んでいるという。

著者はロードサイドのああいった風景を「ファスト風土」と名付ける。郊外の何もなかった土地に大きな道路を引き、そこに沿ってファストフード店やファミレスなどがゾロゾロ建つ。まさに促成栽培の「ファスト」な光景だ。著者はこうした風景が近年の日本社会の病理の根元だと主張する。

近年頻発する不可解な事件(佐世保の小6女児殺害事件、弘前武富士放火事件、そして各地で起こる連れ去り事件等)はほとんどが地方で発生している。三浦氏は、こうした事件現場の近くには必ずジャスコがあると指摘する。
東京にはあまりジャスコはないので、イオンの力はそれほど感じない。しかし名古屋に引っ越してきて、巨大なジャスコ中核のショッピングモールが多数あるのにちょっと驚いた。それも駅の近くではなく車でしか行けないような立地にあり、連日多数の買い物客で賑わっている。買い物には電車で都心に行くのが当たり前だった私には、これはカルチャーショックだった。

経営破綻のダイエーは、比較的駅の近くに店舗を建てていることが多い。しかしイオンは中心市街地から離れた郊外の国道沿い、インターチェンジの近くを特に狙って出店している。地方郊外は車社会だからこうした立地の方が条件がいいし、物流面でも好都合、土地も安いから大規模店を作れる。
また、地方都市は市役所なども中心部からどんどん郊外に移転させている。道路が整備され、都市機能は加速度的に郊外に分散し、中心市街地はシャッター通りとなる。

道路が整備されると人の流れも流動化し、個人は匿名化する。ジャスコのような店が出来ればさらに流動化は高まる。地方の昔ながらの社会は完全に崩壊し、どこの誰とも知れない人々が入れ替わり立ち替わりやって来る。犯罪者も道路に乗ってやって来る。実際、地方のこうした流動性の高い地区の犯罪率は東京よりも高く、少年犯罪の増加も著しい。
素朴でのどかな地方都市、というのはもう完全な幻想となっているという事実に、少なからず驚いた。確かにこっちに越して来てから、東京にいた時よりも地元の犯罪報道が多いような気はしていた。それも名古屋市より近辺の街に多いような。少なくとも私が住んでいた東京多摩地区では、近所での犯罪はそんなに意識するほどでもなかった。

日本は田中角栄の政策以来、地方に幹線道路と鉄道を引くという公共事業の連続だった。これによって地方都市の郊外化が急速に進展した。何もなかった所に車社会のニュータウンが出来、中心部で職住一致の生活をしていた人々が移り住んだ。ここにはコミュニティというものはなく、ただただ消費のみがある。
休日は家族で近くの巨大モールまで車でショッピング、というライフスタイルは、名古屋に来て初めて実感した。しかしそこで売っているのはどこでも同じ大量生産品だ。お腹が空いたらモール近くのファミレスで食事。これも全国どこでも同じ味だ。東北の郊外でも九州の郊外でも全く同じ生活。恐ろしいほどの均質化。
子供も近所には買い物出来る店がないから、親に車で連れて行ってもらう。よって自立性と社会性がなかなか育たない。

歴史ある地方都市の文化は完全に衰退し、チェーン展開の均質文化に取って代わられた。人間の体にもバーコードが入っていそうな生活。これって、本当に気持ち悪くないのか?娯楽といえば量産品ショッピングかカラオケ、パチンコ。道路ばっかり立派で何の文化もない生活。これじゃどうしたって人間は荒廃する。

情報化社会のせいで、東京の情報はいち早く地方にも波及する。昔は東京にしかないものは諦めがついたが、この消費生活に慣れたら我慢は出来ない。すると地方の道路沿いにもブランド品の店も出来、高級品が飛ぶように売れていく。現在、一般的に言って買えないものはなくなっている。地方の人も東京並みの消費生活に満足だ。

でも地方のこうした郊外消費生活では、ただただモノが点状に連なるだけで、その間につながる空気がない。地方の都市文化は寂れてしまった。東京の街が面白いのは、様々な価値観とそれに関連したモノが、多重層に複雑に絡み合っているからだ。例えば吉祥寺はおしゃれな雑貨屋もあれば有名な「いせや」のような古い焼鳥屋もあり、チェーン展開の店も個性的なショップも、若者向けの店もお年寄り向けの店も混在している。これが街の魅力だ。名古屋に吉祥寺みたいな街がないかとずっと探しているのだが。

ということで、著者は均質化した地方郊外生活から、中心市街地の復興を主張する。郊外生活は単調なので、若者がモデルに出来るような様々な職業的価値観がないが、都市には多種多様な仕事をしている人がいる。こういう姿を日頃から見ていれば、将来に希望も抱けず挫折する若者も減るのではないか、という考えである。

日本はアメリカ的郊外生活を歪んだ形で輸入したが、アメリカでも車社会の郊外生活を見直す風潮が出てきている。「ニューアーバニズム」と呼ばれるもので、車だけではなく電車も使い、人の歩けるような街作り、ヒューマンスケールの街作りを目指す。また、複合的な土地活用を志し(住むだけ、働くだけ、ではなくその両方を)、住民のコミュニケーションを促進する、といったものだ。著者はこれを日本の地方も見習うべきだと主張する。

地方で犯罪が多発する理由をもう少し突っ込んでほしかったり、地方がそんなに消費力があるならその収入源の変化も追ってほしかったり、っていう細かい不満はあるが、総体的に非常に刺激的な本だった。名古屋の郊外に住む私が日頃感じていた様々なことに、はっきりと輪郭を与えてくれた感じだ。

でも、肝心の地方住民がこの生活に満足している、という点がどうなのか。ジャスコが出来れば地元住民は大歓迎だ。東京に住んでる人間がいくら「お前らの均質生活を変えてやる」、と言っても大きなお世話と感じるのではないか。そこが気にかかる点である。

コーンブレッドを作ってみた

2004年10月02日
コーンブレッド私はなぜかコーン味のものが好きである。とんがりコーンとか、タコス、ドリトスなどなど。だからメキシカンは大好きである。
この前名古屋パルコのロゴス(アート系洋書店)でバーゲンをやってて、「Coffee and Bites」というイギリスのレシピ本を買った。要するにコーヒーに合う軽食の作り方の本なのだが、これにコーンブレッドの作り方が出ていた。これが作りたくて仕方なかったのだが、あんまりフツーのスーパーにはコーンミール(トウモロコシ粉)なんて売ってない。
が、近所の100円ショップで200g入りのちょうどいいのが売ってたのだ!早速買ってきて、作ってみた。

コーンブレッドって確か「風と共に去りぬ」によく出てきたような気がしたが(スカーレット・オハラが「トウモロコシ粉しかありゃしないわ」とかぼやいてたような気がしたが)、どっちかっていうとわりと「粗食」っていうイメージらしい。コーンミール、小麦粉、卵、バター、牛乳に砂糖と塩少々を混ぜ合わせて焼く、というもので、こんな感じで出来ました!(写真)

サラダとブルーベリージャムも添えてみました。ってか、この写真、おしゃれに撮れてない?!おされカフェみた~い♪

食べてみると、ほんのり甘くてほんのりしょっぱい、とても素朴な味だった。噛むとトウモロコシの香りが口に広がって、なかなか美味しい。これだけだとあんまり味がないから、ベーコンをのせたりジャムや蜂蜜を塗ったりするとより美味しい。結構癖になる味。また作ってみよう。
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